「AR開発者は情報の次元を超えろ」ARおじさんに聞くARのイマとミライ
こんにちは。ARGO編集部の大輪です。皆さんは ARおじさん というTwitterアカウントを知っていますか。
ARおじさんは積極的にARに関する情報発信をしてくれているアカウントで、中の人は株式会社MESONでCOOをしている小林 佑樹さんです。ARの情報を収集している方であれば知っている方も多いかもしれません。
今回はARおじさんの誕生秘話から世界のARの現状と今後について小林さんにお話を伺ってきました。
ARおじさん誕生秘話
ARGO編集部 大輪(以下大輪):まずは小林さんの所属されているMESON社について教えていただけますか。
MESON 小林(以下小林):MESONは「ARクリエイティブスタジオ」です。クライアントやパートナーとARのコンテンツやプロジェクトを作っています。弊社の代表がもともとグロースハックの分野で仕事をしていたこともあり、ARがクライアントのどんな課題を解決できるのかを提案するところから取り組んでいます。
ARのコンテンツ開発をしている企業は結構あるんですけど、弊社の特徴はまずどんなコンテンツを開発するかのそういった提案からUI設計、開発、運用までをまるっと請け負うことができる点です。まだ公開はできないのですが今後は開発したプロジェクトのリリースも控えています。
(編集部注:2019年3月29日には、博報堂DYホールディングスとの「ARクラウドを軸とした体験拡張時代のユーザー行動や、基盤技術についての共同研究契約」を締結。そのアウトプットの第一弾として神戸市でのARクラウドのデモコンテンツ展示を実施する旨が発表されました。)
大輪:他の企業と一緒に開発するお仕事が多いのですね。
小林:元々は自社サービスもやっていて、今後も自社サービスはちゃんと作っていきたいなと思っています。創業直後はARについて知見もなかったし、仕事もあまりなかったのでUnityでARのデモアプリケーションを作っていました。その過程で「3Dモデルつくるのってめんどくさいな」って思って「heymesh」を開発しました。5ヵ月くらい運用したんですが3Dモデルの購買市場が現時点では小さすぎるのでスケールしないと思って運用を止めました。
大輪:小林さんはTwitterやnoteなどで「ARおじさん」としてARの認知獲得のための活動をされています。小林さん自身のARとの関わりについて教えてください。
小林:MESONを創業するときは元々ARは知りませんでした。代表の梶谷とはリクルートのインターン時代の友人で、ARでスタートアップを始めるということで2017年に一緒に創業しました。
当時はAppleがARKitの最初のデモを発表したタイミングでした。WWDC2017でARKitの Wingout AR宇宙船 のデモを見ました。このデモは大きかったですね。「これなら多分世界を変えられるかも」と思いました。
はじめはUnityとARKitで色々作りました。当時はデモを作る人も少なかったので、簡単に開発できるものでも海外のメディアに取り上げてもらえました。Tracking Monster というデモは The Verge にも取り上げてもらいましたね。
また情報のインプットについては「Next Reality」をよく見ていました。ニュースメディアなんですがライターの所感も添えてあるので勉強になります。他には Super Ventures っていうベンチャーキャピタルがあるんですけど、そこの Tom Emrich と Matt Miesnieks もTwitterでフォローするのがおすすめですね。Mattは 6d.ai っていうARクラウドのスタートアップのCEOでもあるんですが、彼らは積極的にARの事例とかを呟いてくれています。(小林さんが作っているARやVRに関連するTwitterリストはこちら)
大輪:ARおじさんと名乗りはじめたのはいつ頃でしょうか。
小林:明確には覚えてないですけど2017年の年末だと思います。創業して半年くらいです。なぜARおじさんと名乗って情報発信しているかというと会社への貢献度を増やすためです。代表の梶谷はTwitterで5,000くらいフォロワーがいて少なからず影響力があるんですね。でも僕にはなかった。スタートアップなので自分の会社への貢献度を増やすにはTwitterで影響力を持たなきゃと思ったんです。
またこれも代表の話になってしまうんですが梶谷はイメージとしてクール、デザインやマーケティング寄りの人なんですね。彼と自分を対比すると僕はテクノロジー寄り。クールな感じじゃなくて「おじさん」というちょっとポップな感じにしてコントラストを持ちたかったっていうのもあります。
世界のARのイマ
大輪:ARに関する動きが最近加速している印象があります。今のARについて動向を教えてください。
小林:やはりGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)が動き出しているっていうのが大きいと思います。「ARがスマートフォンの次のメインストリームになる」と気づき出したんだと思います。ARについてはみんないつか来るって考えてたと思うんですが、技術的な制約もあってタイミングを掴むのが難しかったんです。
ところがARKitやMagicLeap、HoloLensなどの登場によって今がそのタイミングとアクセルを踏み出している感じですね。
僕らも同じことを思っていて、タイミング的には2020年から2025年くらいにARがメインストリームになる時代があるんじゃないかなと。
大輪:GAFAそれぞれにどんな特徴がありますか?
小林:見てて面白いですよ、各社のARに対する取り組みを見ているとそれぞれの性格がよくわかります。GoogleについてはGoogle GlassやTangoというデバイスを作っていて、かなり早い時期から取り組んでいます。彼らはエンジニア集団なのでトライアンドエラーで自分たちが欲しいものをとりあえずつくるって感じではじめてますよね。
AppleとFacebookについてはどちらかというとタイミングを見極めて動いている感じですね。Appleは自社デバイスがあるのでアプリケーションを作るためのARkitを、Facebookは自社ではなくてM&Aを通してARに参入しつつあります。
Amazonはまだ動きが多くはありません。Focalsというデバイスに投資はしているみたいですが。AmazonもEchoというデバイスがあるのでARとの連携は可能性を感じます。またAWSでARクラウドが稼働できるリソースを用意してるんじゃないかなとかは思っています。
大輪:日本のARについてはどうでしょうか?
小林:意外かもしれませんがARのクリエイティブやエンジニアについては日本が最先端と言える部分もあります。例えばHoloLensの開発者コミュニティは日本国内でも拡大してます。HoloLensを開発したAlex Kipmanも日本で登壇するくらいですから。(Microsoft HoloLens の“父”アレックス・キップマン緊急来日!:日経ビジネスオンライン)
どちらかというとビジネス側の人材が不足している印象です。ARの技術はいよいよ多くの人に楽しんでもらえるような形になってきていますが、ビジネスに結びつける、予算をどうするかなどを考えられる人が求められていますね。
大輪:日本のサービスで注目しているものはありますか。
小林:ペチャバトですかね。ペチャバトが日本で流行するかどうかはスマホARにとって1つの試金石になるかなと思っています。スプラトゥーンのような対戦形式のゲームなんですけど、行動としては雪合戦に近いですよね。多くの人が経験したことある遊びにARを付け加えることで「遊びを拡張」しているんですね。
ARのコンテンツを考える上で大事なのがこの拡張性なんです。例えば子供って想像力豊かじゃないですか。かめはめ波を打ってみたりとか、「バリア!」とか言ってみたりとか。ARってそういう想像力を具現化することができるんです。これがARだからこそできる価値なんじゃないかと思います。
「メディア技術史」という本を昨年読んだのですが、その中に「可能的様態」という言葉があるんですね。メディアの使われ方って技術では決まらなくって、メディアを受容する人によって決まるってことなんです。
電話もテレビも今僕らが使っている使い方って必ずしも開発者が考えたものじゃないんです。ARも同じだと思っていてユーザーがどう行動するか、どう楽しむかによって価値が変わると思っています。アプリケーションが増えていく中で「ARの楽しみ方」がユーザーによって作られていくんじゃないかなと思います。
開発者は「情報の次元を超えろ」
大輪:ARのアプリケーションではどんなジャンルの開発が多くなりそうですか。
小林:以前は工場や点検現場でのいわゆる業務系のものばかり目立っていましたが、これからはイベント向けや普段使い向けのような一般の人たちが使えるARが多くなりそうな気がします。イベント向けのARでは「いかに3Dモデルを作り込むか」が大事になります。北海道で毎年行われている雪祭りでは#雪ミク(初音ミク) の企画がありました。これは雪の造形物の上で雪ミクが踊るコンテンツなんですけど、ライブのセットとかも含めてとても作り込まれていました。
イベント向けのARは僕たちもやっているので難しさも知っていて。例えばリアルなイベントでARコンテンツを展開する時にとても大事なのが日照条件なんですね。ARって光の都合で画像認識や自己位置推定の安定性が変動してしまいます。だから様々なパターンに分けてテストしなきゃいけないし、現場のスペースを借りる交渉もしなきゃいけないんです。
今までITやWebのサービスってオフィスでプログラミングしていればよかったじゃないですか。でもARの仕事は現場のことも考えるのでユニークだなと最近は感じています。
普段使いのARで言えば、僕もまだ作っていないので考えているところですが、「いかにARを押し出さないか」「ARを目的とせず、手段としてARを提供できるか」が大事になると思っています。
WANNABYという会社が「Wanna Kicks」と「Wanna Nails」というアプリを作っています。Wanna Kicksはスマートフォンを通して靴の試着ができる、Wanna Nailsは同じく試したいネイルを自分の爪の上に乗せることができるサービスです。WANNABYのいいなって思っている所は「eコマースを発展させるという目的に対してARの価値をうまく繋げている」ことです。ARに固執するんじゃなくて、解決したい課題とか目的とかがはっきりしているサービスなので普段使いのARを考える上では参考にしたいなと思っています。
大輪:ARがより身近な存在になっていくためにはどんなことが必要と考えていますか。
小林:開発者が情報の次元を超える必要があると思っています。スマートフォンのアプリケーションでいえばUI/UX、インタラクション、クリエイティブは現状ほとんどが2Dです。ARは基本的に3Dなのでこれまでのアプリケーション開発とは考え方が変わります。開発者が2Dから3Dに対応することがとても大事になりますね。
そこに関しては海外のアプリケーションやサービスを研究するといいです。最近だとGoogleのARCore ElementsとiScapeというARアプリケーションが参考になりました。ARCore Elements はGoogleが提案しているARアプリのガイドラインをアプリ化したもので、iScapeは庭の造作のシミュレーションをARで簡単に行えるものです。ARは常にカメラを起動しながらユーザーに操作してもらうので、2D UIの表示方法がこれまでのARアプリとはまるで違います。どこまでARで見せて、どこを2D UIで見せるのか。そういった点を考える上で先の2つのアプリケーションはUI/UXの観点でも、アプリケーションの作り込みの観点でもとても参考になります。
あとはゲームですね。ゲームのクライアントエンジニアやグラフィックデザイナーの人たちってゲームの中の世界で自然とARに必要な要素を捉えていると思うんですよね。実際ゲームってリアルではできないことをできるようにしてくれるじゃないですか。先ほどお伝えした拡張性にも繋がると思っていて。ゲーム業界のクリエイターがARの業界にも興味を持ってくれると嬉しいですね。MESONでも募集中なので。
大輪:最後に小林さんがARでチャレンジしていきたいことを教えてください。
小林:MESONとしてはやっぱり将来的に自社サービスを作っていきたいと思っています。生活を変えるような消費者向けサービスをぜひ作ってみたいですね。
個人的にARに期待していることでもあって、僕が最近ARアプリをつくる上で意識しているのは「コンピュータを意識しない便利な世界をつくる」ことですね。そのためのインターフェースがARやVRだと思っています。
アプリケーションを使うことに関して、コンピュータが生まれてから今まではキーボードやディスプレイなどのハードによる制約がありました。ハードに合わせて人間が動く、これってつまりコンピュータの仕様に合わせているので人間が直感的にやりたいと思うことが全部できるわけじゃないんです。
ところがARでは現実世界が軸になります。現実で目にしている、手にしているものを中心にコンピュータが動くのでより直感的に願望を満たすことができると思っています。そうすることで世の中がもっと便利になる時代が来るのではないかと期待しています。
INFO
小林佑樹:MESON Inc COO
「ARおじさん」としてARの情報をTwitterを中心に発信中。COOとして事業開発する傍ら、エンジニアとしてARプロダクト開発なども手がける。MESONで開発した3Dモデル検索エンジンサービス「heymesh」のインフラアーキテクチャがAWSに評価され、Startup Architecture of the Year 2018にてAWS SA賞を受賞した経験も持つ。